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書きながら考える

この10年を振り返る

生活

この10年であった最も大きな変化は、家族ができ子供を持ったことだった。

10年前は独身でコンピュータとスキューバダイビングにのめり込んでいた。 ネットや本を夜遅くまで読んで眠たい目で会社へ行くことも多かった。

そんな自分が10年後には家族を持ち子供を三人授かって家まで買っている。 そして子供と一緒に21時には床について、翌早朝に自分の好きなことをやるのを楽しみにする朝型の生活スタイルが定着している。

10年間の状況の変化は非常に大きい。 何より大きいのが自分の選択や行動が自分以外の人間(つまり家族)の人生に影響を与えるようになったことだ。

仕事面では、10年前には職場ですでに技術的には優秀だと認知されていたと思う(そんな技術的な職場ではないのだけど)が、大きな実績みたいなものは何もなかった。 だから自分の技術的な自信と、周囲の信頼がいまいちシンクしていなくて、自分と周囲のギアが噛み合わず空回りしていたように思う。 当然悩んでいたし、それなりに行動してもがいていた。

そのもがきが良い影響を与えたのかは分からないが、10年間で(社内的には)大きいとされる仕事を実績として積むことができた。 周囲からの信頼も感じられるし、ある種の妙な責任感を感じるようにもなった。

しかし内心は未だ悩み続けていて、この年になってもまだ自分の生き方について迷いがある事に驚いている。 孔子によると「40にして惑わず」ということなのでタイムリミットもそろそろである。

10年間という時間は状況や習慣を変えるのに十分な時間だ。 次の10年で「天命を知る」ことができるように生きていきたい。

子供とテレビゲームについての自分の考え

子育て

はじめに

私は子供時代、いわゆるゲーム小僧でした。 恐らく世の中の子供の平均以上にはやっていたと思います。

一応「一日一時間まで」というルールがあったので、早朝に頑張って起きて親に隠れてゲームをやっていました。 我ながらアホですね(笑)。

大人になってからはゲームに否定的に

しかしゲーム費やした時間は特に目に見える見返りもなく、大人になってから後悔するようになりました。

そして「自分の子供にはゲームは制限して、その分スポーツや他のことに打ち込ませよう」という考えを持つようになりました。

よくいる親ですね。

本当に子供にとってゲームは良くないものだろうかという疑問

しかし最近になってそんな考えに疑問を持つようになりました。

特にプログラミングを職業として活躍している人達の中には、私より遥かに優秀な人が、かなりのゲーマーである事も多いです。

そうしたプログラマーとゲーマーの関係を見ていると私は「本当にゲームとは無益なものだろうか」と疑問を持たずにいられなくなりました。

ゲームは思考能力を鍛えるのに良い

そして現在では「ゲームは有害ではなく、むしろ思考能力を鍛えるのに良い」と考えるようになりました。

「ゲームは能動的に頭を使う知的活動」と思うようになった為です。

ゲームは能動的に頭を使う知的活動

ゲームは大なり小なり能動的に頭を使う遊びです。 ゲームの構造を単純化してみると下記のようになっています。

  1. (フィードバック) 情報が画面に表示される
  2. (理解) 情報の内容を理解する
  3. (判断) 理解した上で、どうするべきか考え判断する
  4. (行動) 画面上に考えを反映させる

一番下までいくと、また最初に戻り、画面からフィードバックを得ます。 そして自分の考えが正しかったかどうかを検証し、また次の行動を組み立てます。

この作業は単純な作業ではありません。 とても能動的で知的な作業だと思います。

またゲームの世界ではコストを掛けずに高度なシュミレーションをすることができます。 現実の世界では戦国大名となって他国を攻めるなんてことは全く不可能ですが、ゲームの中ではそれができます(もちろん現実よりもずっと単純化されていますが)。

ゲームでは様々なシチュエーションの中で思考能力を鍛えることができます。 なかなか良いトレーニングツールではないでしょうか。

ゲームだけになってはいけない

とは言っても私が若い頃にゲームに時間を使いすぎたことで後悔したのは事実です。

振り返って考えてみると、ゲーム以外にももっと自分の好きな事を探してみるべきでした。 それにもう少し体を鍛えておくべきでした。

子供にはそんな自分の経験を話し、ゲーム以外にも色々面白いことがあることを伝えています。 そこにどんな反応があるかは、子供の気質と私の親としての力量によるところだと思っています。

おわりに

今、我が家では明確なゲームの制限のルールはありません。 せいぜい宿題を先にやるように言うのと、「やりすぎてるかなー」と思ったら休憩するように言うくらいです。

その理由はゲームは実は発達に良いと思うためです。 また強く制限すると渇望感を煽ってしまうと思うので、それを避ける意味もあります。

子供とゲームで悩まれている家庭も多いと思います。 我が家もまだまだ試行錯誤ですが、皆さんはいかがでしょうか。

日ログ運用その後

ログ 仕事

最初に

前の記事で日ログのテンプレートを書きました。 後から振り返りをしやすくする為のものでした。

ブログに載せるのはやめて Evernote にした

さっそく次の日に書いてみました。 すぐ思ったのがブログに載せないほうが良いといことでした。

仕事のタスクだと詳細を書く訳にはいかないですし、詳細を書いていないログは後から見返してもあまり役に立ちません。 よって早速ブログに書くことはやめました。

代わりに Evernote に残しています。 これが良いのかどうかわからないですが、今のところ続いています。

良かったこと

ログがあると振り返りやすいです。 また一言書いてあるとその時の反省等を思い出しやすいです。

辛いところ

書く時間がバラバラで習慣になっていない

書く時間帯を決めていないので、夜書いたり次の日の朝書いたりしています。 状況や日によって記憶も曖昧になってしまいます。 また記載の忘れした日もありました。

やった事を思い出せない

やったことを思い出せない事があります。 OrgMode でタスクは管理していて、 iPhone で書く時には確認が難しい為です。

モダンなツールを使えば良いのですが、タスクを加えたり、分割したり、一つにまとめたり、考えたり整理したり・・。 自分の思考に直結した作業をするのに使いなれたエディタを使える魅力が大きすぎて・・(オッサンだからです)。

しかし全て思い出す必要も無い気もします。 ようは良かった点と悪かった点と改善点が必要なのでしょうか。

今後どうしていくか

  • 帰りの電車の中でログを書く事にする。
  • テンプレートを変更する
    • 今日一番良かったこと
    • イマイチだったこと
    • 明日はどうするか
    • メモ(任意)

毎日振り返りをするような感じっぽいすね。

日ログテンプレート

生活 ログ

なぜ日ログを残すのか

  • 後から行動の振り返りをしやすくする為

ここでやらない事

  • 深い内省的な振り返り
  • 詳細な考察
  • 技術の詳細な紹介・メモ

なぜログテンプレートを作るのか?

  • フォーマットを決める事でログを書きやすくする

テンプレート

  • 日時 or 期間
  • やったこと(リスト)
  • 一言メモ

日時

2016/11/12(土)

やったこと

  • 入選?した子供の絵を瀬戸蔵へ見に行った
  • ブログの日ログテンプレートの下書きをした
  • Google 翻訳の精度が上がったらしいので確認した
    • 確かにすごい自然な日本語訳が出てきた
      • 下記のサイトで試す
        • Google Translate の紹介記事
        • Swift のドキュメント
        • HackerNews に出てた適当なサイトを試した
    • Chrome 拡張の訳はまだひどいままだった
    • iPhone アプリのリアルタイム翻訳が通訳のように動作する

一言メモ

Google翻訳すごいな。

iPhone アプリを使ってみると世界の人達が今よりもスムーズにコミュニケーションをとってる未来が見えてくる。

言語学習がそのうち不要になるのだろうか。 分からないけど5年後には今と相当違う状況になっている気がする。

まとめ

これに沿って書けば確かに早く書ける。 しかし気をつけないと、ただの日記になってしまいそうだ(それで良い気もする)。

やりながら考えよう。

介護と老人ホームの話

生活

「老人ホームは姨捨山」と表現した記事を読んだ

「老人ホームは現代の姨捨山」という趣旨の記事を読みました(URLは伏せます)。 明らかに言いすぎな言葉ではあるけど、ある側面から見ると正直な気持ちがそこに表現されていると思いました。

上記の記事は老齢の母親が認知症となり老人ホームに入ったという方の話でした。

様子を見に行った筆者が帰ろうとして母親が手を触ったところ、 母親は強く手を握り返したそうです。しかし認知症の母親から言葉は上手くでてきません。 ただ、握り返したその手の強さに「母は家に帰りたいのだな」と思ったそうです。

けれども母を連れて一緒に帰り、介護をする事はとても出来ない。 帰りたがっている母親を連れて帰らない自分を責めて「老人ホームは現代の姨捨山」と表現したのです。 (実際に帰りたがっているかどうかは誰にも分かりません)

知人曰く「老人ホームをどう思うかというのは認識の話ではないか」

ある人にその話をするとこんな返答が返ってきました。

例えば保育園も昔は「可哀想な子が行くところ」という認識が一般的だったと思うんだよね。 自分が行っていた頃には確実にそういう雰囲気を感じたもん。

でも今はむしろ保育園に行くことこそが普通、というのが一般的だよね。 老人ホームも似たような話ではないかな。

今は過度期で様々な意見やショックを受ける人がいるけど、そのうち老人ホームが姨捨山だ、なんて言葉がでてくる事は無くなるんじゃないかな。

ようするに、それを「姨捨山」と思うのも、「新しいあり方」だと思うのも、 全ては認識の問題で「姨捨山」なんて悲観的すぎる見方は今の過度期だけの話だということ。 だからかわいそうなんて事は無い、という事でしょうか。

納得できる部分が有ります。

他人事ではない

さて10年前なら難しい話だねえなんて思いながら忘れてしまう話でしたが、そろそろこれは他人事ではありません。

私の親ももう60代後半を迎えています。 もっと言えば自分自身の老後の話としても気になります。

上記のような記事の考えに触れると、幸せな老後や介護について考えを巡らせてしまいます。

しかし答えはない

老人ホームにいることが絶対的に不幸せとも幸せとも思えません。 家族に迷惑をかけている、と自己嫌悪しながら家にいることの辛さだってあるはずです。

親のために自己や家族を犠牲にして家で介護することが正しいのか。 介護が必要になった人は老人ホームへいくことが正しいのか。

みんな試行錯誤の中決めているのだと思います。

結局子育てと同じで正解はないのでしょうね。 私自身も当人や周りの様子を見ながら、同じように試行錯誤しながら決めていかなくてはいけないのだと思います。

毎日ブログ書くと言って

ブログ

毎日ブログ書くといって

2ヶ月経ちました。 10月の実績は下記の通りでした。

blog.ichiroc.in

blog.ichiroc.in

blog.ichiroc.in

blog.ichiroc.in

31日間のうち4記事なので実績としては非常に悪いです。 書けなくなった理由は仕事面、プライベート面で理由があるのですが、「他に取り組むべきテーマができたから」というのが一番の理由です。 取り組める時間は限られているので、優先順位を考えてそうなった結果です。

私はブロガーでもライターでもないので、他にテーマが有るならこれでも悪くないと思っています。 一方でこのまままたブログを休眠していくのも勿体無いと考えています。 何とかバランスのとれた着地点を見つけたいです。

目的

もう一度このブログの目的を改めて振り返ります。

  • 自分の考えを整理する
  • 文章力をあげる
  • 日々のログを残す
  • 読了した、または読書中の本のまとめを残す

日々のログという部分は弱い強化していきたいと考えています。 ただ Twitter とかでいいんじゃない?という気もするので、その点は走りながら考えていきたいと思います。

良かった事

  • 忙しくなったとはいえ、一応10月も何記事かアップできた
  • 執筆時間の制限をしてアウトプットを早めた

今後も続けていきたい点

  • 執筆時間の制限

うまくできなかった点

  • コンスタントな更新
  • 執筆時間の確保(意識的に減らしたのだけど)

次からやってみる事

  • 更新頻度を下げる/毎日→毎土曜日
  • 日々のログ的な記事のテンプレートを作る

感想

ずっとスムーズにいくとは思っていませんでしたが、今まさに壁にぶつかっている感じがします。 なんとか良い落とし所を探したいです。

"How it feels to learn JavaScript in 2016" を読んだ感想

はじめに

最近読んだ記事の記録。

最近久しぶりにWebアプリを作ろうと思ったときの苦労が全て書かれていて面白く読みました。 英語だけど会話形式だからかそれほど難しくないです。

Webアプリのキャッチアップを始めた

自分は Rails2 - Rails4 の初期あたりは少しさわっていました。 しかしその後仕事が忙しくなったり、 iOS 開発に興味が湧いたりして遠ざかっていました。

この状況に対して、このままではイカンな、勿体無いな、とボンヤリ感じていました。 そこで最近久しぶりに Web アプリを作ろうと思いたちました。

そして特に進化が激しいと思った今どきのフロントエンドのキャッチアップを始めました。 ところが環境構築と新たなツールの調査に予想以上に時間を取られてなかなか大変でした。

まさに浦島太郎状態だったのでしょうがないなと思っていましたが、特に Rails との相互運用性あたりはまだベストプラクティスがないのか(あるのかな?)何がベストがわからず右往左往していました。

そんなときに Hacker News で上記の記事が話題になっていて、自分以外にも似たような感じの人がいるんだな、と思って笑ってしまいました。 自分もこんな相談相手が欲しかった・・。

自分が体験した学習の流れ

  1. よし、Webアプリ作ろ
  2. せっかく今つくるんだから React とか使ってみたい
  3. ほうほう、 JSX
  4. JSX を使えるようにするには babel ってので変換するのか。
  5. これは npm で入れるのか。 node もそれほど知らないけどやってみよう。
  6. てゆーか Web でころがっているサンプルは import とかあるけどこれは?
  7. ES6 の文法か。あれでしょ、ECMA Script の新しいやつ。でもブラウザ対応してないよね?
  8. これも babel でやるのか babel-preset-es2015。 ( es2015 ?)
  9. おー。でけた。
  10. でもこれどうやって rails でやるの?
  11. gem 'react-rails' なるほど。
  12. bower ってゆーフロントエンドのパッケージマネージャで react 入れれば簡単なね。
  13. rails でやるには bower-rails を使うのか。
  14. (束の間の幸せを堪能中。)
  15. よし。なんか出来はじめた。
  16. あー、でもフロントエンド側のモデルというか、データの管理はどうするんだ。
  17. redux ってので管理するするのか・・。ちょいややこしいな。
  18. よし、 redux なんとなく分かった。
  19. で、どうやって rails でやるんだっけ。
  20. react-reduxbower はあんまりサポートしないんだって。うげげ。
  21. browserify でやるのか。。
  22. (環境構築うまくできんな。。)
  23. webpack でやるのか。。
  24. (環境構築うまくできんな。。)
  25. クックパッドの開発者ブログ のおかげでできた。ようやくコード書ける・・。
  26. (束の間の幸せを堪能中・・。)
  27. bootstrap いれたいなー。
  28. ん? webpack って JS 以外に CSS や画像もまとめられるんだよね? css ってどうやんの?
  29. style-loader, css-loadernpm で入れて webpack でやるんか。(…なんで style と css が別なんだろ)
  30. CSS modules なんかなるほど感あるけど、今はやめておこう。
  31. require('!style!css!./node_modules/bootstrap/dist/css/bootstrap.css');
  32. (require の中の構文・・。)
  33. bootstrap の js の方は jQuery が見付からないってでる。依存しているのか。
  34. imports-loader ってので解決するのか。
  35. require('imports?jQuery=jquery!bootstrap');
  36. (require の中の構文・・。)
  37. でも何故か出来ない。Github のサンプルは通るんだけどな・・。
  38. window.jQuery = reqruie('jquery')
  39. it works! しかしコレジャナイ感が・・。 ← イマココ!

まとめ

フロントエンドは react, redux, webpack で固まってきてるみたいなことをいつかの回の rebuild で言ってました。 今回調べて何となくその感覚は分かりました。

しかしまだまだ進化は続きそうです。 yarn なんて新しいパッケージマネージャーも台頭してきるし。

この進化スピードはほんとうに凄いですね。 このスピードで進化する背景はやはり Web の進化スピードが早いからでしょうか。 それかフロントエンドの開発者の年齢とかも関係しているでしょうか。(年齢層知らないですけど) このカオスな感覚は他ではなかなかないかも。

なんにしろ継続的なキャッチアップをする為にもプライベートな Web プロジェクトが必須だなー、と思いました。