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ただの日記

長男にとっての5000兆円の価値

この間、小学校の催しで長男と陶器の招き猫に色塗りをしてきた。

瀬戸市は陶器の町かつ招き猫の町としても推していていて、陶器製の招き猫に色を塗って街頭などに飾るらしい。

岐阜県育ち、大人になってからは名古屋で暮らしていた自分にとっては、瀬戸市が招き猫というのが正直ピンとこないのだけど、毎年 「招き猫まつり」 というのも開催してるし、それなりに根付いているようだ。

僕は子供の頃に飼っていた猫を思い出しながら色ぬりをして見た。 それなりの出来映えに仕上がり、小さな満足を得た。

長男は子供らしく金とか銀とかで派手に塗りまくっていた。

「千兆円って書いたお札を持たせたいんだよねー。ちょう ってどう書くの?」

とかって言ってきた。

「どうせなら5000兆円にしたら?なんか流行っているし」

「いいねー、そうするわ」

みたいなやり取りをしたあと、自分の猫の色塗りに熱中していた。

しばらくして長男が話しかけてきて

「ねー、5000兆円、 スペースが足りなくなったから 5000円にするわ

と言ってきた。

長男よ・・、取るなら じゃなくて 0 の方ぞ・・。

長男にとっては5000兆円も5000円も、誤差の範囲で、どちらも「いっぱいのお金」という感覚というのが分かった日だった。

おこづかい始めた

「おれはどうやって お金をふやせばいいの?みんな おこづかい もらってるけど、うちはないじゃん」

小3の長男にそんな事をたまに言われるようになって、数週間経っていた。 欲しいゲームがあるらしい。

嫁さんはそれを受けて

「みんなって誰よ?名前言ってごらん」

「XXくん」

「一人じゃん、みんなじゃないじゃない」

というタフなやり取りをしていたけど、自分を振り返るとまあ小3の頃には貰っていた気がする。500円くらいかなー。コロコロを買って終わるような金額。

長男にお金が必要かと言うと、そうじゃないので自分もスルーしていたのだけど、考え直して、あげることにした。

ただし、定額お小遣い制ではなく報酬制。家の仕事をすると末締め一日払でお金がもらえる仕組み。

お手伝いのご褒美にお金を上げるとお金目当てしか云々とか、仕事や目標における達成感の心理的報酬が金銭的報酬に置き換わって云々とか、いろいろネガティブな話も知った上での導入。

僕の目的は唯一つ

「もう少し手先が器用になって欲しいな」

長男、自分に似て不器用なんだよね。あと自分に似てゲームとかディスプレイ越しの遊びや作業が好きなんだよね。 そんなわけで、工作とか、手先が起用になるような遊びとか、作業もあんまり好きじゃなくって、不器用が不器用なまんまなんだよね。

もう少し器用さが身につくと、ディスプレイの外の人生ももっと楽しめると思うので、そのための作業としてお手伝い、動機としてお小遣いを採用した。

報酬

  • 台拭き 5円
  • ゴミ出し 10円
  • 皿洗い 20円
  • 洗濯物たたみ 20円
  • トイレ掃除 50円 ( 2つで )

気をつけたのはフルで頑張っても1000円くらいが上限になるようにした点。

今のところ、長男は張り切ってやっている。 初回は一週間で55円を手に入れていた。 トイレ掃除も意外にもこちらのレクチャーに従って積極的にやっており、驚いておる(高報酬ゆえか)。

今後の動向が気になる。

エアコン取付工事費用に思う

昨日はエアコンの取付工事をしてもらった。 もともと3万円と聞いていたが、何度か工事業者に呼ばれて説明を受けるたびに、追加の費用が乗っかってきて、最終的に5万円になっていた。

「二階の取り付けになるので・・・」

「排気ホースにカバーを付けるなら追加で・・・」

「まっすぐ取り付けられないからカバーが追加で必要なって・・・」

「さっきの金額、計算違いしていて・・・」

そんで40,000円, 45,000円, 48,000円, 50,000円というような感じ。

相場もわからないし状況も状況なので言い値でお願いするしか無く、モヤっとしたままOKした。 昔どこかで読んだ、水道が壊れたときにWebで検索して修理業者を呼んで見てもらったら、Webとは全然違う高い見積り金額を言われたけど、早く直してもらいたいから渋々OKしたという話を思い出した。

が、作業を見ていると大人が二人がかりで二時間くらいかけて、中から外から作業していて、途中雨も降ったりして、「なかなか大変な作業だな」と思った。 資材も揃えて、二人の時間を拘束して、会社の利益を上げるためには、まあ「まあこれくらいしょうがないか」と思ったりしました。

しかし、エアコン4万円で取付工事5万円というのは何とも。。

IKEA の SKARSTA の脚とホームセンターの木材を使ってDIYしたら満足な昇降式デスクができた話

自宅で仕事をしているとどうしても運動不足になりがちになる。 またそれに関わらず、長時間同じ姿勢でいると体の節々が痛んでくる 具体的には腰、膝、肩・・・。。年だ・・。

そこで昇降式デスクを導入することにした。

ただ問題があって昇降式デスクにはそれほど選択肢がなかった。 重視したい点は

  • 昇降式(当然!)
  • 広い
  • ナチュラルな木製の天板で手触りが良い

長時間使うことを考えると、自分が好きな素材に触れていたいし、PCとディスプレイを置く関係で広い机というのも譲れない。この条件で探してみたけど、なかなか良いものはなかった。ネットで見ても色が濃すぎたり、そもそも手触りを確かめることができない。リアル店舗では昇降式というだけでグッと選択肢が少なくなる(というかそんなに見てないけど)。

そんな中、瀬戸市のお隣の長久手市に最近できたIKEAにはSKARSTAという昇降式デスクがあった。

IKEA(イケア) SKARSTA デスク 昇降式, ホワイト (79084964) (790.849.64)

「この脚で天板が木製なら良いんだけどなー」

と思ったところで、ふと、店員に聞いてみると 脚だけでも購入可能 という事だった。 これは自分で作れるのでは?と思いホームセンターに行くと用途に合いそうな天板が色々あった。

「このまま探し続けても満足いくデスクは見つからなさそう・・。なら自分で作るか!」

と言った感じでDIYにトライすることに。

  • 脚はSKARSTAの脚で決定。16800円。
    • SKARSTAは普通版とワイド版があるのだけど、脚は共通なので気にしなくて良い。
  • 天板は家具にも使われるというパイン材の板に決定。サイズは 150x70x3 。6980円。
    • ホームセンターで1カット40円くらいで切ってくれる。
    • この時でる木片は小さめのものをもらっておくと、後でワックスの試し塗りなどする時に便利。
  • 塗料は色々あって良く分からなかった。今回はワックスのみに。ブライワックスのラスティックパインに決定。2980円。
    BRIWAX(ブライワックス) トルエンフリー ラスティックパイン 370ml

    BRIWAX(ブライワックス) トルエンフリー ラスティックパイン 370ml

  • ドリルの穴あけに使う刃先を二種類購入。それぞれ、 9.5mm, 5.5mm (適当。ネジとドリルを持ってホームセンターで聴くと良い)

雨が降りそうだったので、二階の空き部屋を作業部屋に。

最初はサンダがけ。

もう着ないTシャツを切った布でワックス塗り。 事前にホームセンターのカット時にもらった木片で試し塗りすると安心。

塗ってしばらく待って(15分)、こんな色になったところで、乾いた布で拭きあげる。

脚を組み立てて、天板のどこに穴をあけるか測る。 偏りがないか定規などでしっかり測ると良いと思う。

穴を作る場所に丸印を書いて、いざドリルで穴あけ(人生初)。 事前に余った木片で練習しておくと良い。 ここでしっかり穴をあけておかないと、組み立て時にネジ穴の深さが足りなくなるので、十分に深くあける。

そして書斎で最終組み立てへ・・・、と作業部屋から書斎に移動する際にトラブル!外に出れない!

組み立て後に出られなくなるのは分かっていたけど、組み立て前でも出られないというのは想定していなかった。 仕方なく一旦分解して、書斎で脚を再組み立て・・。

書斎で組み立て完了! 携帯の水平器アプリを使って、ちゃんと水平になるのも確認。

窮屈だったデスク環境が・・。

こんなに広々に。雰囲気も上々!

アップするとこんなに高く!

思っていたよりも、かなり満足度の高いものを作ることができた。 総額は25,000円くらいかな。

環境を変えて

長い間働いていた職場を1月末に去り、新しい環境へ移った。 これからはソフトウェアエンジニアとして生きていく。

悩ましかった決断

15年働いていた環境を飛び出すのは勇気がいったが、よくよく考えた末の決断だった。

個人でアプリを作ってきて、そして社内SEの仕事の経験からみて、自分はそれまで見てきた世界の中では、確実に平均以上の実力を持つエンジニアである、という自負はあった。

しかし、実のところ踏み出すべきかどうかはとても悩ましい決断だった。 社内SEとソフトウェアエンジニアは近いようで結構なキャリアギャップがあり、慣れた仕事を捨てて新しい仕事を始めるのに楽観的になれるほど、自分は若くはなかった。

それでも移った理由

最後に背中を押したのは、 「プログラミングを一生の仕事にして、もっと上手くなりたい。そして人生をより良く生きたい」 という思いだった。

なぜプログラミングを一生の仕事にしたいのか?それは 「自分ができる事の中で一番効率よく世の中に影響を与えられる」 からだと思う。そして、 広く世の中に良い影響を与えて、自分の価値を感じたいのだと思う。

じゃあ、なぜその決断をもっと早くする事ができなかったのか?

それは自分にとって前職がとても良い会社だったからだ。 待遇も悪くなく、ほぼ唯一のプログラマーとして頼られて、やり甲斐のある仕事もいくつかあった。

そこを離れる事になったのは、ITが主体の会社ではなかったので、最終的にはプログラミングするような業務はほぼ外注されていったことで、仕事の質が変わっていったためだ。

ITが主体でない会社でプログラミングするような業務が外注されてしまうのは、よくある事だし理解もできる(海外はまた違うみたいだけど)。

将来が楽しみになった

決断するまでは悩ましかったが、決断してしまえば未来が楽しみに思えるようになった。

それまで何度も夢見てきた、紛うことないソフトウェアエンジニアとして生きていく事ができるのかと思うと、心の奥で踊る気持ちを感じる。 数年後に今よりも遥かに腕の立つプログラマーとなっている自分を想像すると、年甲斐もなく心がにやけてしまう。

この年になって未来を考えた時にこんな気持ちになれることは幸せなことだ。

この気持を忘れずに精進していきたい。

送別してもらったこと、そしてこれからに思うこと

環境を変わるにあたって、会社の同僚たちは何度も何度も送別会を開いてくれ、多くの人が僕に頑張れよ、と声をかけてくれた。 最後にはまるで結婚式の二次会のような会場でパーティまで開いてくれて、楽しくて嬉しくて、本当に素晴らしい人達に出会えた幸運に感謝している。

改めてありがとうと伝えたい。ありがとう。

こんな風に送別してくれるということは、僕の仕事の評価もチョットしたものだったんだろう、という新たな自負も密かにもらう事ができた。

願わくば、これからの自分の人生でも、こうした評価を得たいと思う。

お腹に痺れがあってビビっていた話

30代も後半にさしかかると自分の健康に自信がなくなってくる。 風邪をひいただけでも、「このまま熱が下がらなかったらどうしよう・・。」などと弱気になることもある。 僕が心配性なだけかもしれないけど、母親を早くに病気で亡くしているのでそのバイアスもあるかも。

先日はもう完全に重大な健康問題があることを確信するような症状が出た。 お腹の右上あたりが痺れるのだ。 常にではないけど前傾の姿勢にしてしばらくしていると、徐々にあばらの裏あたりの部分が痺れてきて、耐えきれなくなる。 お腹の痺れなんてあまり聞いたことがない症状を体験して、僕は大変狼狽した。

「なんだこれは。。痺れるなんてなったことがない。聞いたこともない。もうダメだ。きっと手術が必要な病気だ。入院だ。しばらく休みになるな。入院中にのんびりプログラムでも書こう」

不安と妙な期待を感じながら、数日間普段通り過ごしてみても、改善していかない。 徐々に大きくなる不安に、僕は正直かなり怯えた。

意を決して内科に行ってみると、何故か整形外科に行けと言われて、整形外科に行ってみると「軽いヘルニア、もしくはケガの影響で痺れてる」とのこと。 痛みと痺れは反応の違いだけで、本質的には一緒らしい。 なんかの運動(多分野球)などで少し痛めて、痺れの症状が出ているのだろうと。 なるほど~。

大病だと思ったのに違った時に感じる、妙なガッカリ感を感じながらホッとした。 なかなか大きな病気になんてならないもんだね。

— 余談

ちなみに、病院に行く前に藁にもすがる思いで Amazon のクレジットカードに付帯していたサービス「ドクターコール24」で健康相談もしてみた。

するとベテランと思われる看護師さん(医師じゃないの?)が出て、ひとしきり話を聞いてもらうと「整形外科が第一候補です」と一言。 曰く、内臓系の異常なら常に症状がでて、前傾になったときだけ痺れる・痛いなどの症状が出ることはないし、どちらかというと背筋を伸ばした時の方が突っ張るから痛みを感じることが多いとのこと。 なるほど。説得力有る。 というかこの看護師さん、何処の症状かも分からない状態で話を聞き始めて、的確にアドバイス出来るってすごいな。 全ポジション守れます、みたいな。

看護の職人だな~、と感心した。

この10年を振り返る

この10年であった最も大きな変化は、家族ができ子供を持ったことだった。

10年前は独身でコンピュータとスキューバダイビングにのめり込んでいた。 ネットや本を夜遅くまで読んで眠たい目で会社へ行くことも多かった。

そんな自分が10年後には家族を持ち子供を三人授かって家まで買っている。 そして子供と一緒に21時には床について、翌早朝に自分の好きなことをやるのを楽しみにする朝型の生活スタイルが定着している。

10年間の状況の変化は非常に大きい。 何より大きいのが自分の選択や行動が自分以外の人間(つまり家族)の人生に影響を与えるようになったことだ。

仕事面では、10年前には職場ですでに技術的には優秀だと認知されていたと思う(そんな技術的な職場ではないのだけど)が、大きな実績みたいなものは何もなかった。 だから自分の技術的な自信と、周囲の信頼がいまいちシンクしていなくて、自分と周囲のギアが噛み合わず空回りしていたように思う。 当然悩んでいたし、それなりに行動してもがいていた。

そのもがきが良い影響を与えたのかは分からないが、10年間で社内的には大きいとされる仕事を実績として積むことができた。 周囲からの信頼も感じられるし、ある種の妙な責任感を感じるようにもなった。

しかし内心は未だ悩み続けていて、この年になってもまだ自分の生き方について迷いがある事に驚いている。 孔子によると「40にして惑わず」ということなのでタイムリミットもそろそろである。

10年間という時間は状況や習慣を変えるのに十分な時間だ。 次の10年で「天命を知る」ことができるように生きていきたい。