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IKEA の SKARSTA の脚とホームセンターの木材を使ってDIYしたら満足な昇降式デスクができた話

自宅で仕事をしているとどうしても運動不足になりがちになる。 またそれに関わらず、長時間同じ姿勢でいると体の節々が痛んでくる 具体的には腰、膝、肩・・・。。年だ・・。

そこで昇降式デスクを導入することにした。

ただ問題があって昇降式デスクにはそれほど選択肢がなかった。 重視したい点は

  • 昇降式(当然!)
  • 広い
  • ナチュラルな木製の天板で手触りが良い

長時間使うことを考えると、自分が好きな素材に触れていたいし、PCとディスプレイを置く関係で広い机というのも譲れない。この条件で探してみたけど、なかなか良いものはなかった。ネットで見ても色が濃すぎたり、そもそも手触りを確かめることができない。リアル店舗では昇降式というだけでグッと選択肢が少なくなる(というかそんなに見てないけど)。

そんな中、瀬戸市のお隣の長久手市に最近できたIKEAにはSKARSTAという昇降式デスクがあった。

IKEA(イケア) SKARSTA デスク 昇降式, ホワイト (79084964) (790.849.64)

「この脚で天板が木製なら良いんだけどなー」

と思ったところで、ふと、店員に聞いてみると 脚だけでも購入可能 という事だった。 これは自分で作れるのでは?と思いホームセンターに行くと用途に合いそうな天板が色々あった。

「このまま探し続けても満足いくデスクは見つからなさそう・・。なら自分で作るか!」

と言った感じでDIYにトライすることに。

  • 脚はSKARSTAの脚で決定。16800円。
    • SKARSTAは普通版とワイド版があるのだけど、脚は共通なので気にしなくて良い。
  • 天板は家具にも使われるというパイン材の板に決定。サイズは 150x70x3 。6980円。
    • ホームセンターで1カット40円くらいで切ってくれる。
    • この時でる木片は小さめのものをもらっておくと、後でワックスの試し塗りなどする時に便利。
  • 塗料は色々あって良く分からなかった。今回はワックスのみに。ブライワックスのラスティックパインに決定。2980円。
    BRIWAX(ブライワックス) トルエンフリー ラスティックパイン 370ml

    BRIWAX(ブライワックス) トルエンフリー ラスティックパイン 370ml

  • ドリルの穴あけに使う刃先を二種類購入。それぞれ、 9.5mm, 5.5mm (適当。ネジとドリルを持ってホームセンターで聴くと良い)

雨が降りそうだったので、二階の空き部屋を作業部屋に。

最初はサンダがけ。

もう着ないTシャツを切った布でワックス塗り。 事前にホームセンターのカット時にもらった木片で試し塗りすると安心。

塗ってしばらく待って(15分)、こんな色になったところで、乾いた布で拭きあげる。

脚を組み立てて、天板のどこに穴をあけるか測る。 偏りがないか定規などでしっかり測ると良いと思う。

穴を作る場所に丸印を書いて、いざドリルで穴あけ(人生初)。 事前に余った木片で練習しておくと良い。 ここでしっかり穴をあけておかないと、組み立て時にネジ穴の深さが足りなくなるので、十分に深くあける。

そして書斎で最終組み立てへ・・・、と作業部屋から書斎に移動する際にトラブル!外に出れない!

組み立て後に出られなくなるのは分かっていたけど、組み立て前でも出られないというのは想定していなかった。 仕方なく一旦分解して、書斎で脚を再組み立て・・。

書斎で組み立て完了! 携帯の水平器アプリを使って、ちゃんと水平になるのも確認。

窮屈だったデスク環境が・・。

こんなに広々に。雰囲気も上々!

アップするとこんなに高く!

思っていたよりも、かなり満足度の高いものを作ることができた。 総額は25,000円くらいかな。

環境を変えて

長い間働いていた職場を1月末に去り、新しい環境へ移った。 これからはソフトウェアエンジニアとして生きていく。

悩ましかった決断

15年働いていた環境を飛び出すのは勇気がいったが、よくよく考えた末の決断だった。

個人でアプリを作ってきて、そして社内SEの仕事の経験からみて、自分はそれまで見てきた世界の中では、確実に平均以上の実力を持つエンジニアである、という自負はあった。

しかし、実のところ踏み出すべきかどうかはとても悩ましい決断だった。 社内SEとソフトウェアエンジニアは近いようで結構なキャリアギャップがあり、慣れた仕事を捨てて新しい仕事を始めるのに楽観的になれるほど、自分は若くはなかった。

それでも移った理由

最後に背中を押したのは、 「プログラミングを一生の仕事にして、もっと上手くなりたい。そして人生をより良く生きたい」 という思いだった。

なぜプログラミングを一生の仕事にしたいのか?それは 「自分ができる事の中で一番効率よく世の中に影響を与えられる」 からだと思う。そして、 広く世の中に良い影響を与えて、自分の価値を感じたいのだと思う。

じゃあ、なぜその決断をもっと早くする事ができなかったのか?

それは自分にとって前職がとても良い会社だったからだ。 待遇も悪くなく、ほぼ唯一のプログラマーとして頼られて、やり甲斐のある仕事もいくつかあった。

そこを離れる事になったのは、ITが主体の会社ではなかったので、最終的にはプログラミングするような業務はほぼ外注されていったことで、仕事の質が変わっていったためだ。

ITが主体でない会社でプログラミングするような業務が外注されてしまうのは、よくある事だし理解もできる(海外はまた違うみたいだけど)。

将来が楽しみになった

決断するまでは悩ましかったが、決断してしまえば未来が楽しみに思えるようになった。

それまで何度も夢見てきた、紛うことないソフトウェアエンジニアとして生きていく事ができるのかと思うと、心の奥で踊る気持ちを感じる。 数年後に今よりも遥かに腕の立つプログラマーとなっている自分を想像すると、年甲斐もなく心がにやけてしまう。

この年になって未来を考えた時にこんな気持ちになれることは幸せなことだ。

この気持を忘れずに精進していきたい。

送別してもらったこと、そしてこれからに思うこと

環境を変わるにあたって、会社の同僚たちは何度も何度も送別会を開いてくれ、多くの人が僕に頑張れよ、と声をかけてくれた。 最後にはまるで結婚式の二次会のような会場でパーティまで開いてくれて、楽しくて嬉しくて、本当に素晴らしい人達に出会えた幸運に感謝している。

改めてありがとうと伝えたい。ありがとう。

こんな風に送別してくれるということは、僕の仕事の評価もチョットしたものだったんだろう、という新たな自負も密かにもらう事ができた。

願わくば、これからの自分の人生でも、こうした評価を得たいと思う。

お腹に痺れがあってビビっていた話

30代も後半にさしかかると自分の健康に自信がなくなってくる。 風邪をひいただけでも、「このまま熱が下がらなかったらどうしよう・・。」などと弱気になることもある。 僕が心配性なだけかもしれないけど、母親を早くに病気で亡くしているのでそのバイアスもあるかも。

先日はもう完全に重大な健康問題があることを確信するような症状が出た。 お腹の右上あたりが痺れるのだ。 常にではないけど前傾の姿勢にしてしばらくしていると、徐々にあばらの裏あたりの部分が痺れてきて、耐えきれなくなる。 お腹の痺れなんてあまり聞いたことがない症状を体験して、僕は大変狼狽した。

「なんだこれは。。痺れるなんてなったことがない。聞いたこともない。もうダメだ。きっと手術が必要な病気だ。入院だ。しばらく休みになるな。入院中にのんびりプログラムでも書こう」

不安と妙な期待を感じながら、数日間普段通り過ごしてみても、改善していかない。 徐々に大きくなる不安に、僕は正直かなり怯えた。

意を決して内科に行ってみると、何故か整形外科に行けと言われて、整形外科に行ってみると「軽いヘルニア、もしくはケガの影響で痺れてる」とのこと。 痛みと痺れは反応の違いだけで、本質的には一緒らしい。 なんかの運動(多分野球)などで少し痛めて、痺れの症状が出ているのだろうと。 なるほど~。

大病だと思ったのに違った時に感じる、妙なガッカリ感を感じながらホッとした。 なかなか大きな病気になんてならないもんだね。

— 余談

ちなみに、病院に行く前に藁にもすがる思いで Amazon のクレジットカードに付帯していたサービス「ドクターコール24」で健康相談もしてみた。

するとベテランと思われる看護師さん(医師じゃないの?)が出て、ひとしきり話を聞いてもらうと「整形外科が第一候補です」と一言。 曰く、内臓系の異常なら常に症状がでて、前傾になったときだけ痺れる・痛いなどの症状が出ることはないし、どちらかというと背筋を伸ばした時の方が突っ張るから痛みを感じることが多いとのこと。 なるほど。説得力有る。 というかこの看護師さん、何処の症状かも分からない状態で話を聞き始めて、的確にアドバイス出来るってすごいな。 全ポジション守れます、みたいな。

看護の職人だな~、と感心した。

この10年を振り返る

この10年であった最も大きな変化は、家族ができ子供を持ったことだった。

10年前は独身でコンピュータとスキューバダイビングにのめり込んでいた。 ネットや本を夜遅くまで読んで眠たい目で会社へ行くことも多かった。

そんな自分が10年後には家族を持ち子供を三人授かって家まで買っている。 そして子供と一緒に21時には床について、翌早朝に自分の好きなことをやるのを楽しみにする朝型の生活スタイルが定着している。

10年間の状況の変化は非常に大きい。 何より大きいのが自分の選択や行動が自分以外の人間(つまり家族)の人生に影響を与えるようになったことだ。

仕事面では、10年前には職場ですでに技術的には優秀だと認知されていたと思う(そんな技術的な職場ではないのだけど)が、大きな実績みたいなものは何もなかった。 だから自分の技術的な自信と、周囲の信頼がいまいちシンクしていなくて、自分と周囲のギアが噛み合わず空回りしていたように思う。 当然悩んでいたし、それなりに行動してもがいていた。

そのもがきが良い影響を与えたのかは分からないが、10年間で社内的には大きいとされる仕事を実績として積むことができた。 周囲からの信頼も感じられるし、ある種の妙な責任感を感じるようにもなった。

しかし内心は未だ悩み続けていて、この年になってもまだ自分の生き方について迷いがある事に驚いている。 孔子によると「40にして惑わず」ということなのでタイムリミットもそろそろである。

10年間という時間は状況や習慣を変えるのに十分な時間だ。 次の10年で「天命を知る」ことができるように生きていきたい。

子供とテレビゲームについての自分の考え

はじめに

私は子供時代、いわゆるゲーム小僧でした。 恐らく世の中の子供の平均以上にはやっていたと思います。

一応「一日一時間まで」というルールがあったので、早朝に頑張って起きて親に隠れてゲームをやっていました。 我ながらアホですね(笑)。

大人になってからはゲームに否定的に

しかしゲーム費やした時間は特に目に見える見返りもなく、大人になってから後悔するようになりました。

そして「自分の子供にはゲームは制限して、その分スポーツや他のことに打ち込ませよう」という考えを持つようになりました。

よくいる親ですね。

本当に子供にとってゲームは良くないものだろうかという疑問

しかし最近になってそんな考えに疑問を持つようになりました。

特にプログラミングを職業として活躍している人達の中には、私より遥かに優秀な人が、かなりのゲーマーである事も多いです。

そうしたプログラマーとゲーマーの関係を見ていると私は「本当にゲームとは無益なものだろうか」と疑問を持たずにいられなくなりました。

ゲームは思考能力を鍛えるのに良いかも

そして現在では「ゲームは有害ではなく、むしろ思考能力を鍛えるのに良いかも」と考えるようになりました。

ゲームは大なり小なり能動的に頭を使う遊びだと気がついたからです。 ゲームをプレイする時の構造を単純化してみます。

  1. (フィードバック) 情報が画面に表示される
  2. (理解) 情報の内容を理解する
  3. (判断) 理解した上で、どうするべきか考え判断する
  4. (行動) 画面上に考えを反映させる

一番下までいくと、また最初に戻り、画面からフィードバックを得ます。 そして自分の考えが正しかったかどうかを検証し、また次の行動を組み立てます。

この作業は単純な作業ではありません。 とても能動的で知的な作業だと思います。

またゲームの世界ではコストを掛けずに高度なシュミレーションをすることができます。 現実の世界では国主となって他国とパワーゲームをする、なんてことは全く不可能ですが、ゲームの中ではそれができます(現実よりもずっと単純化されていますが)。

ゲームでは様々なシチュエーションの中で思考能力を鍛えることができます。 なかなか良いトレーニングツールではないでしょうか。

ゲームは教育ツールになるかも

それと今後は教育とゲームはとても関係が深くなっていく気がします。

究極的には勉強しているのかゲームしているのか区別がつかないような時代が来ると思います。 今も子供用プログラミング学習ツールなどはゲームの装いをしているものがありますし、子どもたちは夢中になっています。 VR, AR が組み合わせることで、その流れはより強くなると思います。

だけどゲームだけになってはいけない

とは言っても自分が若い頃にゲームに時間を使いすぎて後悔した事は忘れてはいけません。

振り返って考えてみると、ゲーム以外にももっと自分の好きな事を探してみるべきでした。 それにもう少し体を鍛えておくべきでした。

子供にはそんな自分の経験を話し、ゲーム以外にも色々面白いことがあることを伝えています。 そこにどんな反応があるかは、子供の気質と私の親としての力量によるところだと思っています。

おわりに

今、我が家では明確なゲーム時間の制限のルールはありません。 せいぜい宿題を先にやるように言うのと、「やりすぎてるかなー」と思ったら休憩するように言うくらいです。

その理由は上に挙げたようにゲームは実は発達に良いのでは?と思うためです。 また強く制限すると渇望感を煽ってしまう気がするからです。

子供とゲームで悩まれている家庭も多いと思います。 我が家もまだまだ試行錯誤中です。

介護と老人ホームの話

「老人ホームは姨捨山」と表現した記事を読んだ

「老人ホームは現代の姨捨山」という趣旨の記事を読みました(URLは伏せます)。 明らかに言いすぎな言葉ではあるけど、ある側面から見ると正直な気持ちがそこに表現されていると思いました。

上記の記事は老齢の母親が認知症となり老人ホームに入ったという方の話でした。

様子を見に行った筆者が帰ろうとして母親が手を触ったところ、 母親は強く手を握り返したそうです。しかし認知症の母親から言葉は上手くでてきません。 ただ、握り返したその手の強さに「母は家に帰りたいのだな」と思ったそうです。

けれども母を連れて一緒に帰り、介護をする事はとても出来ない。 帰りたがっている母親を連れて帰らない自分を責めて「老人ホームは現代の姨捨山」と表現したのです。 (実際に帰りたがっているかどうかは誰にも分かりません)

知人曰く「老人ホームをどう思うかというのは認識の話ではないか」

ある人にその話をするとこんな返答が返ってきました。

例えば保育園も昔は「可哀想な子が行くところ」という認識が一般的だったと思うんだよね。 自分が行っていた頃には確実にそういう雰囲気を感じたもん。

でも今はむしろ保育園に行くことこそが普通、というのが一般的だよね。 老人ホームも似たような話ではないかな。

今は過度期で様々な意見やショックを受ける人がいるけど、そのうち老人ホームが姨捨山だ、なんて言葉がでてくる事は無くなるんじゃないかな。

ようするに、それを「姨捨山」と思うのも、「新しいあり方」だと思うのも、 全ては認識の問題で「姨捨山」なんて悲観的すぎる見方は今の過度期だけの話だということ。 だからかわいそうなんて事は無い、という事でしょうか。

納得できる部分が有ります。

他人事ではない

さて10年前なら難しい話だねえなんて思いながら忘れてしまう話でしたが、そろそろこれは他人事ではありません。

私の親ももう60代後半を迎えています。 もっと言えば自分自身の老後の話としても気になります。

上記のような記事の考えに触れると、幸せな老後や介護について考えを巡らせてしまいます。

しかし答えはない

老人ホームにいることが絶対的に不幸せとも幸せとも思えません。 家族に迷惑をかけている、と自己嫌悪しながら家にいることの辛さだってあるはずです。

親のために自己や家族を犠牲にして家で介護することが正しいのか。 介護が必要になった人は老人ホームへいくことが正しいのか。

みんな試行錯誤の中決めているのだと思います。

結局子育てと同じで正解はないのでしょうね。 私自身も当人や周りの様子を見ながら、同じように試行錯誤しながら決めていかなくてはいけないのだと思います。

毎日ブログ書くと言って

毎日ブログ書くといって

2ヶ月経ちました。 10月の実績は下記の通りでした。

blog.ichiroc.in

blog.ichiroc.in

blog.ichiroc.in

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31日間のうち4記事なので実績としては非常に悪いです。 書けなくなった理由は仕事面、プライベート面で理由があるのですが、「他に取り組むべきテーマができたから」というのが一番の理由です。 取り組める時間は限られているので、優先順位を考えてそうなった結果です。

私はブロガーでもライターでもないので、他にテーマが有るならこれでも悪くないと思っています。 一方でこのまままたブログを休眠していくのも勿体無いと考えています。 何とかバランスのとれた着地点を見つけたいです。

目的

もう一度このブログの目的を改めて振り返ります。

  • 自分の考えを整理する
  • 文章力をあげる
  • 日々のログを残す
  • 読了した、または読書中の本のまとめを残す

日々のログという部分は弱い強化していきたいと考えています。 ただ Twitter とかでいいんじゃない?という気もするので、その点は走りながら考えていきたいと思います。

良かった事

  • 忙しくなったとはいえ、一応10月も何記事かアップできた
  • 執筆時間の制限をしてアウトプットを早めた

今後も続けていきたい点

  • 執筆時間の制限

うまくできなかった点

  • コンスタントな更新
  • 執筆時間の確保(意識的に減らしたのだけど)

次からやってみる事

  • 更新頻度を下げる/毎日→毎土曜日
  • 日々のログ的な記事のテンプレートを作る

感想

ずっとスムーズにいくとは思っていませんでしたが、今まさに壁にぶつかっている感じがします。 なんとか良い落とし所を探したいです。